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経営陣への提案品質を高める「壁打ちAI」

上山卓真(CTO兼CAIO)

執筆者:上山卓真(CTO兼CAIO)

  • KDDI×アクセンチュアのDX専門ベンチャー「株式会社ARISE analytics」に約7年間在籍。データサイエンティストとして、約200名の副事業部門長を担い、データ・AIの専門家として活躍
  • bloom株式会社にてCTO兼CAIOとして、データ・AIを含むテクノロジー全般の活用を推進

本記事のサマリ

経営陣への物件投資判断プレゼンにおいて、事前に指摘を予測できる「壁打ちAI」を構築しました。

1. 導入の背景・課題

1-1. 物件投資判断プレゼンの重要性

当社BRE事業部(不動産・買取再販)では、物件の仕入れにあたり経営陣へのプレゼンテーションを行っています。このプレゼンでは、物件購入の可否、購入価格の妥当性、再販戦略の承認といった重要な経営判断を仰ぎます。

物件投資は一件あたりの金額が大きく、判断を誤ると大きな損失につながります。そのため、経営陣への説明は慎重かつ網羅的に行う必要があります。しかし、この「網羅的」という部分が難しいのです。何を網羅すべきかが明確でなければ、どれだけ準備をしても抜け漏れが発生してしまいます。

不動産の買取再販事業では、物件を仕入れてからリノベーションを施し、再販するまでの一連のプロセスで利益を生み出します。仕入れ段階での判断が事業全体の収益性を左右するため、このプレゼンは単なる報告ではなく、事業の成否を決める重要な意思決定の場となっています。

経営陣は多くの物件情報を短時間で判断する必要があり、プレゼンの質が低いと適切な意思決定ができません。逆に言えば、プレゼンの質が高ければ、経営陣は安心して判断を下すことができ、意思決定のスピードも上がります。この「プレゼンの質」をいかに高めるかが、事業のスピードと精度を左右する重要な要素でした。

1-2. プレゼン準備における3つの課題

プレゼン準備において、以下の課題を抱えていました。

経営陣からの差し戻しが多かったという問題があります。「この観点が抜けている」「リスク評価が甘い」といった指摘を受け、資料を作り直すことが少なくありませんでした。一度差し戻しを受けると、修正して再度プレゼンの機会を設ける必要があり、意思決定のスピードにも影響していました。

差し戻しが発生すると、単に資料を修正するだけでなく、再度経営陣のスケジュールを調整してプレゼンの機会を設ける必要があります。その間に物件が他社に取られてしまうリスクもあり、スピード感のある意思決定を妨げる要因となっていました。また、差し戻しを受けた担当者のモチベーションにも影響します。「一生懸命準備したのに」という気持ちと、「何が足りなかったのか分からない」という戸惑いが混在し、次回以降のプレゼンに対する不安が増大していました。

準備時間が長かったという問題もありました。プレゼン資料の作成・確認に多くの時間を費やしていました。何度も見直しを行っても、本番で想定外の指摘を受けることがあり、準備時間に対する効果が見合っていない状況でした。担当者としては、どこまで準備すれば十分なのかが分からず、際限なく時間を使ってしまうケースもありました。

特に複数の物件を並行して検討している場合、一つの物件のプレゼン準備に時間を取られると、他の物件の検討が遅れてしまいます。物件情報は日々更新されるため、検討のスピードが遅れると、良い物件を逃してしまうリスクがあります。準備に時間をかけすぎると、本来の営業活動(物件情報の収集、仲介会社との関係構築、現地調査など)に割ける時間が減ってしまうという問題もありました。

指摘内容が予測できなかったという根本的な問題がありました。何を聞かれるか分からず、不安を抱えてプレゼンに臨んでいました。経営陣の視点・観点が担当者に十分に共有されておらず、「経営陣が何を重視しているのか」が見えていませんでした。

特に経験の浅い担当者ほど、この「経営陣の視点が分からない」という課題は深刻でした。ベテラン担当者であれば、過去の経験から「この物件ならここを聞かれるだろう」という勘所が分かりますが、経験が浅いとその勘所がありません。結果として、本番で想定外の質問を受けて回答に詰まってしまうことがありました。

新人が入社するたびに、同じ失敗を繰り返し、同じ指摘を受けるという非効率が発生していました。組織としてのナレッジが蓄積されていない状態だったのです。

1-3. 経営陣が重視する観点を共有する必要性

これらの課題を解決するためには、経営陣が判断で重視している観点を言葉にし、担当者と共有する必要がありました。

経営陣が物件投資を判断する際、どのような観点を重視しているのか。どのようなリスクを気にするのか。どのような情報があれば判断できるのか。これらは経営陣の頭の中にある知識であり、明文化されていませんでした。

その観点を整理し、担当者が事前に確認できる形にすることで、プレゼンの品質を向上させられると考えました。明文化されたガイドラインがないため、担当者は先輩の資料を参考にしたり、過去に受けた指摘を個人的にメモしたりして対応していましたが、それでは属人的な対応にとどまってしまいます。

組織としてナレッジを蓄積し、誰でも同じレベルのプレゼンができるようにすることが、長期的な課題解決につながると考えました。

2. 経営陣の指摘観点を分析

2-1. 過去のプレゼン音声ログを活用

経営陣が重視する観点を整理するため、過去のプレゼンテーションの音声ログを分析しました。

具体的には、過去に行われた主要なプレゼン(5件未満)の録音データを収集しました。これらのプレゼンでは、経営陣からさまざまな質問や指摘が行われており、その内容を分析することで、経営陣が何を重視しているかを把握できると考えました。

選定基準としては、「多くの指摘があったプレゼン」「差し戻しになったプレゼン」を優先しました。成功したプレゼンよりも、失敗したプレゼンのほうが、経営陣の視点を理解する上で有用だからです。何が足りなかったのかを分析することで、経営陣が重視している観点が浮かび上がってきます。

収集した音声データは、AIを使って自動で文字起こしを行いました。手動で文字起こしを行うことも可能ですが、AIを使うことで大幅に時間を短縮できます。文字起こしの精度は完璧である必要はなく、経営陣の発言の大意が分かれば十分です。

文字起こしされたデータから、経営陣が発した質問・指摘・懸念点を抽出しました。「〜はどうなっているのか」という確認系の質問、「〜が気になる」「〜が不安」という懸念の表明、「〜を検討したか」という追加検討の要求、「〜が足りない」という情報不足の指摘など、さまざまなパターンがありました。

2-2. 4つの重要観点への整理

抽出した指摘・質問を分析したところ、以下の4つのカテゴリに整理できることが分かりました。

収益性・利益率に関する観点として、想定利益率は妥当か、ROI(投資対効果)の根拠は明確か、投資回収期間の見通しは現実的か、といった質問がありました。不動産投資において、収益性は最も基本的かつ重要な判断基準です。

特に買取再販事業では、仕入れ価格、リノベーション費用、売却価格のバランスが利益を決定します。経営陣は、これらの数字の妥当性と、それを裏付けるロジックを重視していました。「利益率20%を見込んでいます」という結論だけでなく、「なぜ20%を見込めるのか」という根拠が求められます。類似物件の売却事例、エリアの価格相場、リノベーション後の付加価値など、数字の裏付けとなる情報が必要です。

リスク要因に関する観点として、法的リスク(権利関係、建築基準法、用途制限等)はないか、市場リスク(価格下落、需要減少の可能性)は考慮されているか、物件固有のリスク(瑕疵、築年数、設備劣化)は把握できているか、といった質問がありました。経営陣は投資判断において、リターンだけでなくリスクも重視しています。

特に、見落としがちなリスク(隠れた瑕疵、法的制約、市場環境の変化など)について、事前に検討されているかを確認する傾向がありました。「リスクはありません」という回答は、経営陣の信頼を得られません。むしろ、「このようなリスクがありますが、このように対策しています」という説明のほうが、検討の深さを示すことができます。

市場・立地分析に関する観点として、エリアの将来性(人口動態、開発計画等)は調査されているか、競合物件の状況(価格帯、売れ行き)は把握できているか、需給バランスは適切か、といった質問がありました。物件単体ではなく、市場全体の中での位置づけを把握することが求められていました。

「この物件は良い物件です」ではなく、「このエリアのこのセグメントで、この価格帯の物件は需要がある」というマクロな視点での説明が求められていました。不動産市場は地域性が強いため、同じ価格帯でもエリアによって需要が大きく異なります。経営陣は、そのエリアの市場特性を理解した上での提案かどうかを確認していました。

出口戦略に関する観点として、売却シナリオは具体的か、想定保有期間は適切か、ターゲット買主は明確か(個人投資家、ファミリー層、法人等)、といった質問がありました。物件を購入することだけでなく、どのように売却して利益を確定するかまで考えることが求められていました。

「買ったはいいが売れない」という状況を避けるため、出口戦略の具体性が重視されていました。「半年で売却予定です」という計画だけでなく、「もし半年で売れなかった場合はどうするか」という代替プランも検討しておく必要があります。最悪のケースを想定した上での投資判断が求められていました。

これらの観点は、経営陣が物件投資の判断で重視するポイントそのものでした。これらの観点を言葉にして担当者と共有できたことが、今回の取り組みの大きな成果の一つです。

3. 壁打ちAIの構築

3-1. Gemini Gemsを選定した理由

壁打ちAIの構築には、Google WorkspaceのGemini(Gems機能)を採用しました。

Gemsとは、Geminiをベースにカスタマイズしたチャットボットを作成できる機能です。あらかじめ設定した指示(システムプロンプト)に基づいて、特定の用途に特化したAIを作成できます。たとえば、「あなたは経験豊富なコピーライターです」という指示を設定しておけば、そのGemsは常にコピーライターとして振る舞います。

Gemsを選定した理由はいくつかあります。

当社では普段からGoogle Workspaceを使用しており、導入障壁が低いという点があります。新しいツールを導入すると、ログイン方法を覚えたり、使い方を学んだりする必要がありますが、Gemsであれば普段使っているGoogle Workspace内で完結します。「いつもの環境で、ちょっとAIに聞いてみる」という感覚で使えます。

Gemsでカスタム指示を設定するだけで、専用AIを構築できるという点もあります。複雑なプログラミングやシステム構築は不要です。管理画面から指示を入力するだけで、すぐに使い始めることができます。エンジニアでなくても、業務担当者自身でAIを作成・改善できます。

PDFやスライド資料を直接アップロードして分析できるという点も重要でした。Gemsはマルチモーダル入力に対応しているため、プレゼン資料を壁打ちAIに読み込ませ、その内容に基づいたフィードバックを得ることができます。テキストで物件情報を説明するだけでなく、実際の資料を読み込ませることで、より実践的なフィードバックが得られます。

3-2. ナレッジのインプット方法

壁打ちAIの品質は、インプットするナレッジの質に依存します。前述の分析で整理した4つの観点を、Gemsのプロンプトに組み込みました。

プロンプトの構成は以下のとおりです。

プロンプトでは、AIの役割を「経営陣が重視する観点に沿って、投資判断のプレゼンを事前に確認するレビュアー」と定めました。これにより、担当者目線だけでは気づきにくい、経営判断の観点からのフィードバックが得られるようになります。

単に「経営陣として振る舞う」だけでなく、「投資判断に慎重な姿勢を持つ」「リスクを見落とさないように注意する」といった性格づけも行っています。これにより、楽観的なフィードバックではなく、厳しい目でレビューするAIになります。

さらに、前述の4つの観点(収益性・利益率、リスク要因、市場・立地分析、出口戦略)から質問・指摘を行うよう指示しています。これにより、AIは漠然としたフィードバックではなく、経営陣が実際に気にするポイントに焦点を当てたフィードバックを生成します。

また、実際の経営陣の発言パターン(「〜はどうなっているのか」「〜が気になる」等)をプロンプトに含めることで、よりリアルな指摘が出力されるようになりました。実際のレビューに近い問いかけで確認できるため、担当者が本番を想定しやすくなるという副次的な効果もあります。

出力形式の指定も行いました。指摘事項をリスト形式で出力し、優先度や重要度が分かるようにしています。担当者が「まず何を対応すべきか」を判断しやすくなります。

出力形式を統一することで、毎回異なるフォーマットで結果が返ってくるという問題を防いでいます。担当者は出力形式に慣れることで、効率的にフィードバックを活用できるようになります。

3-3. 運用フロー

担当者は以下の流れで壁打ちAIを活用しています。

まず、担当者がGemsを開きます。Google Workspace内からアクセスできるため、特別な手順は必要ありません。普段使っているブラウザから、いつものようにGoogle Workspaceにアクセスするだけです。

次に、物件情報をテキストで説明します。所在地、価格、想定利回りなど、基本的な情報を入力します。この段階では、資料に含まれていない背景情報や、担当者としての考えも入力できます。

続いて、プレゼン資料(PDF/スライド)をアップロードします。Gemsはマルチモーダル入力に対応しているため、資料内のグラフや表も含めて分析できます。資料をアップロードすることで、AIは資料の内容を踏まえたフィードバックを生成できます。

AIが経営陣視点で指摘・質問を返します。「収益性の根拠が不明確です」「このリスク要因について説明が不足しています」といった具体的なフィードバックが得られます。指摘は優先度順に整理されているため、まず何を対応すべきかが分かりやすくなっています。

担当者が指摘を踏まえて資料を修正します。必要に応じて、再度壁打ちを行い、修正が適切かどうかを確認します。壁打ちは1回で終わりではなく、複数回行うことを想定しています。最初の壁打ちで大きな問題を発見し、修正した後に再度壁打ちを行い、修正が適切かを確認します。このサイクルを繰り返すことで、資料の完成度を高めていきます。

最終的に、自信を持って本番プレゼンに臨みます。事前に想定される指摘を把握しているため、本番での不安が軽減されます。

このフローの重要なポイントは、担当者が能動的にAIを使う必要がある点です。後述するフィードバック自動化のような「使わない選択肢を排除する」設計ではなく、担当者が自ら壁打ちを求めてAIを使う形になっています。これは、壁打ちAIの性質上、担当者が資料を用意し、能動的にフィードバックを求めるプロセスが必要なためです。

4. 成果・効果

4-1. プレゼン品質の向上

導入から1〜3ヶ月が経過し、以下の効果を実感しています。

事前に指摘を予測できるようになりました。壁打ちAIを使うことで、「この観点が抜けている」という指摘を本番前に発見できるようになりました。資料の完成度が上がり、経営陣からの差し戻しが減少しています。

特に、担当者が見落としがちな「リスク観点」や「出口戦略」について、AIが指摘してくれることで、資料のバランスが改善されました。収益性ばかりを強調した資料から、リスクと収益のバランスが取れた資料に変わりました。

経営陣の指摘時間が削減されました。プレゼン本番での指摘が減り、プレゼン時間が効率化されました。経営陣としても、基本的な観点が網羅された資料であれば、より本質的な議論に時間を使えるようになります。

経営陣にとっても、「また同じ指摘をしないといけない」というストレスが軽減されました。基本的なことは資料に含まれているため、より高度な議論(この物件を買うべきか、どのような戦略で進めるか)に集中できます。

担当者の安心感が向上しました。何を聞かれるか事前に分かるため、自信を持ってプレゼンに臨めるようになりました。特に経験の浅い担当者にとって、この「安心感」は大きな効果です。

安心感が高まることで、プレゼン時の緊張も軽減されました。緊張していると、本来答えられる質問にも答えられなくなることがありますが、事前準備ができていれば、落ち着いて対応できます。

4-2. 副次的な効果

当初想定していなかった効果も現れています。

担当者のスキル向上に寄与しています。壁打ちAIを繰り返し使うことで、担当者自身が「経営陣の視点」を内面化するようになりました。AIに聞く前に「この観点は大丈夫か」と自分で考えるようになり、資料作成の初期段階から品質が向上しています。

レビューで重視される観点を、組織で共有できるようになりました。これまで個々の担当者が経験から学んでいた観点が、プロンプトという形で明文化されました。新人が入社した際も、壁打ちAIを使うことで、レビューで問われやすい点を早い段階から確認できます。

4-3. 定量的な効果について

現時点では、体感での改善を実感している段階です。差し戻し率や準備時間といった定量的な指標については、今後の計測を検討しています。

運用期間がまだ1〜3ヶ月と短いため、統計的に有意なデータを取得するには至っていません。ただし、担当者からの声として「明らかに準備がしやすくなった」「本番で焦ることが減った」といったフィードバックは得られています。

今後は、以下の指標を計測することを検討しています。

5. 担当者の声

壁打ちAIを実際に使用している担当者から、以下のような声が寄せられています。

「経営陣の視点が分かるようになった。自分では気づかなかった観点を指摘してもらえるので、資料の抜け漏れが減りました。特に、リスク評価の部分で『ここが甘い』と指摘されることが多く、事前に対策を考えられるようになったのは大きいです。」

「準備時間が短くなったわけではないが、準備の『質』が上がった。以前は何を準備すればいいか分からず、あれもこれもと手を広げていた。今は『この4つの観点を押さえればいい』という基準があるので、効率的に準備できるようになった。」

「AIの指摘を見ていると、経営陣が何を重視しているかが分かってきた。それ自体が勉強になっている。物件を見るときの視点が変わってきた気がする。」

担当者にとって最も大きな変化は、「経営陣が何を見ているか」が可視化されたことです。これまでは、何を準備すれば十分なのかが分からず、際限なく時間を使ってしまうこともありました。壁打ちAIを使うことで、「この観点をカバーすれば大丈夫」という基準ができ、効率的に準備を進められるようになりました。

また、壁打ちAIを使うこと自体が「学び」になっているという声もあります。AIから繰り返し指摘を受けることで、経営陣の視点を自然と身につけることができます。これは、単なる業務効率化を超えた、人材育成への効果といえます。

6. 成功のポイント

6-1. 実際のプレゼンデータを活用

今回の取り組みが成功した最大の要因は、机上の想定ではなく、実際の指摘をベースにナレッジ化したことです。

「経営陣はこういう観点を気にするだろう」という想像でプロンプトを作成するのではなく、過去のプレゼンで実際に行われた指摘を分析しました。これにより、リアルな経営陣の視点を反映できました。

もし想像だけでプロンプトを作成していたら、実際の経営陣の視点とずれたフィードバックになっていた可能性があります。「AIに聞いても的外れなことしか言わない」という状況では、担当者は使わなくなってしまいます。

実際のデータに基づいて分析したからこそ、「意外とこの観点が多く指摘されている」「この観点は思ったより重視されていない」という発見がありました。これは、想定だけでは得られない気づきです。

6-2. シンプルな構成

複雑なシステム構築ではなく、Gemsのカスタマイズで実現したことも成功の要因です。

約2週間という短期間で導入できた点は、組織への定着を後押ししました。長期間の開発を経て導入するシステムは、期待値が高くなりすぎて「思っていたのと違う」という反応が起きやすくなります。短期間で作り、使いながら改善していくアプローチのほうが、結果的に良いシステムになります。

また、シンプルな構成であるため、プロンプトの修正も容易です。運用しながら「この観点も追加したい」「この表現を変えたい」という要望が出てきた場合、すぐに対応できます。複雑なシステムでは、小さな変更でも開発が必要になりますが、Gemsであれば管理画面から直接修正できます。

6-3. 既存ワークフローへの統合

Google Workspaceを普段から使用しているため、導入障壁が低かった点も重要です。

新しいツールを導入すると、ログイン方法を覚えたり、使い方を学んだりする必要があります。これらの「小さなハードル」が積み重なると、「面倒だから使わない」という結果につながります。

Gemsであれば、普段使っているGoogle Workspace内で完結するため、特別な学習コストがかかりません。担当者は「いつもの環境で、ちょっとAIに聞いてみる」という感覚で使えます。

7. 注意点・課題

7-1. ナレッジの鮮度維持

経営陣の視点は、市場環境や経営方針の変化に伴い変わる可能性があります。たとえば、市場が不安定な時期にはリスク観点がより重視されるかもしれませんし、成長フェーズにある時期には収益性や成長性がより重視されるかもしれません。

定期的に新しいプレゼンの指摘を分析し、プロンプトを更新する運用が必要です。半年に一度、あるいは経営方針に大きな変更があった際には、ナレッジの見直しを行うことを検討しています。

7-2. AIの限界の認識

壁打ちAIはあくまで「事前チェック」のツールです。AIの指摘がすべてではありません。

壁打ちAIは過去の指摘パターンをベースにフィードバックを生成しますが、経営陣が今回新たに気にするポイントは予測できません。想定外の質問は常にありうるものとして、心構えをしておく必要があります。

また、AIの指摘を鵜呑みにするのではなく、人間が内容を精査して対応を判断する必要があります。AIの指摘が的外れな場合もありますし、優先度の判断は人間が行うべきです。AIの指摘を鵜呑みにせず、自分で考える習慣を維持することが重要です。

8. まとめ・今後の展望

8-1. 本取り組みのまとめ

経営陣への物件判断プレゼンにおいて、事前に指摘を予測できる「壁打ちAI」を構築しました。過去のプレゼン音声ログから経営陣の指摘観点を抽出し、Gemini Gemsにナレッジとしてインプットすることで、プレゼン品質の向上と担当者の安心感向上を実現しています。

構築期間はわずか2週間。既存のGoogle Workspace環境を活用し、シンプルな構成で導入しました。

成功のポイントは、机上の想定ではなく実際のデータに基づいてナレッジを構築したこと、複雑なシステムではなくGemsのカスタマイズで実現したこと、既存のワークフローに統合して導入障壁を下げたことの3点です。

8-2. 今後の展開

今後は以下の展開を予定しています。

ナレッジの拡充として、より多くのプレゼン事例を分析し、観点の精度を向上させます。現在は5件未満のプレゼンを分析していますが、事例が増えれば、より網羅的な観点を抽出できます。また、物件タイプ別(区分マンション、一棟物件等)の観点整理も検討しています。物件タイプによって、経営陣が気にするポイントは異なります。

自動化の強化として、プレゼン資料のテンプレート自動生成や、指摘事項に基づく修正提案の自動化を目指します。現在は担当者が能動的にAIを使う形ですが、より自動化を進めることで、さらなる効率化が期待できます。

また、AIの指摘に対する対応方法(修正案)を自動で提案する機能も検討しています。「この観点が抜けています」という指摘だけでなく、「この観点を補うには、こういう情報を追加してください」という具体的なアドバイスが得られれば、さらに効率的になります。

9. 最後に

経営陣への提案機会がある部門であれば、業界を問わず同様のアプローチが適用できます。「何を聞かれるか分からない」という課題をお持ちの方は、まず過去のプレゼンを振り返り、どのような指摘があったかを整理してみてください。そこにAI活用のヒントがあるはずです。

重要なのは、想像ではなく実際のデータに基づいてナレッジを構築すること。そして、複雑なシステムを作ろうとせず、既存の環境を活用してシンプルに始めること。この2点を意識すれば、どのような組織でも壁打ちAIを活用できるはずです。

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